「袖振り合うも他生の縁」という言葉を知ったのは、社会人1年目の時だった。
当時フィールドエンジニアとして毎日色々な学校を駆け回っていた私は、
ある中学校を訪問していた。
作業が終わって学校を出ようとした時、
同じタイミングで学校を出ようとしている
小綺麗な身なりの老紳士がいた。
季節は梅雨。
曇天の空からはポツポツと雨が降っている。
私は傘を持っていなかった。
玄関から駐車場までの距離はほんの数十メートルなので、走って車へ向かおうとしたその時、
老紳士が「どちらまでですか」と声をかけてきた。
「そこの車までです」と答えると、
「濡れると良くないですから送りましょう」と言ってくれた。
「いや、すぐ近くなので大丈夫ですから…」と断ろうとすると、その老紳士は
「まあまあ、袖振り合うも他生の縁、良いじゃないですか」と穏やかに言った。
拒否する理由もなかったので、私は言われるがまま、従うことにした。
老紳士は相合傘で車まで送ってくれ、私はお礼を言って別れた。
時間にするとわずか数十秒の出来事。
そんな一瞬の出来事が、何か不思議な夢を見ていたかのように感じてしまい、
乗り込んだ車の中でしばらく、一人、ぼんやりとしてしまった。
同じタイミングで学校を出る、ただそれだけなのに、
そこに「縁」を見出すその感性が、私には新鮮に感じた。
当時は目の前の仕事をこなすだけで精一杯だったので、
尚更新鮮に感じたのかもしれない。
「袖振り合うも他生の縁」
自分で呟いてみると意外としっくりくると同時に、
魅力的な言葉を教えてもらった不思議な出会いに、
少しの高揚感を感じた。
この出来事以来、その言葉は私の中で呪文のように記憶されている。
いつか私も誰かにおせっかいを焼いたときには、
穏やかに、そんな言葉をかけられる人になりたいと思っている。